理学療法士がピラティスを学ぶことは、キャリアの選択肢を広げるためだけではなく、臨床そのものを深めるための有効な手段だと私は考えています。
私は理学療法士として18年間、回復期リハビリテーション病院、老人保健施設、デイケアなどの現場でリハビリに携わってきました。
臨床に立ち始めた頃、介入直後は楽になるものの、しばらくすると再び同じ不調や、痛みを訴える患者さんを多く経験しました。
そのたびに、「私は本当にこの人の生活を変えられているのだろうか」と、自分の関わりに疑問を持つようになりました。
気づけばリハビリが、患者さんの身体を一方的に整える“マッサージサービス”のようになっている感覚もあり、理学療法士として本来やりたかった支援とのズレを感じていました。
本記事では、このような悩みを抱えていた私が理学療法士として12年間ピラティスを学ぶことで何が変わったのかを、実体験をもとにお伝えします。
目次
理学療法士として感じていた臨床の問題点
振り返ってみると、当時の私の悩みの本質は、「受動的なリハビリ」になってしまっていたことだったのだと思います。
理学療法士が評価し、整え、動かす、患者さんは“受ける側”としてその時間を過ごし、その場では身体が軽くなったように感じても、日常生活に戻ると元の状態に戻ってしまう。
リハビリの時間はマッサージと認識されることもあり、患者さんがいびきをかいて寝てしまうこともあった程です。
理学療法士が関われる治療時間は、1回20分前後です。
一方で、患者さんが身体を使う時間のほとんどは、日常生活の中にあります。
受け身ではなく、能動的な身体との関わり合いを通して、日常生活を今よりも快適に過ごせるようになってほしい。
そのために、この問題解決の糸口になるような考え方はないだろうか…。
ピラティスとの出会いと学び始めたきっかけ
~理学療法の臨床との親和性~
そうして模索する中で、私は「ピラティス」というメソッドに出会いました。
ピラティスの根幹には、「コントロロジー(Contrology)」という考え方があります。
それは、身体を、自分の意志、意識でコントロールしながら動かすということを大切にする思想です。
ピラティスでは、インストラクターが他動的に動きを出すのではなく、イメージを使った言葉かけや、タクタイル(触れることで動きを誘導する)といったフィードバックを通して、「今、自分の身体がどうなっているのか」に気づいてもらう関わりを重ねていきます。
このプロセスは、患者さんを“受け身”にするのではなく、自分の身体と能動的に対話する時間を生み出します。
私はここに、理学療法士として求めていたリハビリの在り方があると感じました。
特にマシンピラティスは、動きをサポートしながら正しい方向へ導き、無理のない負荷で反復できるという特徴があり、身体機能に課題を抱える方にとって非常に有効です。
力が弱いからできない、痛みがあるから動かせないではなく、「できる形で、正しく動く体験」を積み重ねられる。
その体験こそが、リハビリ室の外、つまり日常生活へとつながっていくと感じています。
理学療法士がピラティス資格を取る大変さと学び
ピラティスの資格取得は、想像以上に大変でした。
理学療法士は、評価をし、必要な介入を行う仕事です。
一方で、ピラティスインストラクターは、相手に「動きを伝え、引き出す」仕事。自分が動けなければ、伝えられない。
姿勢の悪さ、動きのクセ、体の弱さ。頭では分かっているのに、体がついてこない。これまで患者さんに伝えてきたことを、自分自身がまったくできていない現実に、何度も向き合いました。
練習には多くの時間が必要で、正直、心が折れそうになることもありました。
そして、もう一つの現実的な問題があります。
とにかく、お金がかかること。養成コースは受けて終わりではありません。師匠のレッスン、見学、自己研鑽…。学び続けることが前提で、決して気軽に取れる資格ではありません。
それでも私は、練習を重ねる中で大きな変化を感じるようになりました。解剖学や運動学の知識が、少しずつ「体の感覚」としてつながっていく。点だった理解が線になり、全身が調和して動く心地よさを、初めて自分の体で味わえました。
大変でした。時間も、お金も、覚悟も必要でした。それでも今、私は「取って本当によかった」と心から思うことができています。
患者さんの反応の違い
ピラティスを臨床に取り入れるようになってから、患者さんの反応が少しずつ変わっていきました。
「骨盤を動かさないで」「体を右に倒して」といった指示よりも、「お腹の上に置いたマグカップの水をこぼさないように」「ひまわりが風に揺れるように、しなやかに」とイメージで伝えることで、高齢の方でも自然と自分の身体に意識を向けて動いてくださいます。
自主トレーニングを指導する際にも、「ここに効いてるね」「この動きがまだ苦手なのよ」といった言葉を聞く機会が増えました。
以前は、“やってもらって楽になる”ことがゴールだった方が、次第に“自分で動いて確かめる”姿勢を見せてくれるようになっています。
自分が動くことで不調が改善するといった成功体験は、その後のさまざまな活動へのモチベーションにもなっていると感じています。
また近年は、ピラティスという言葉自体の認知が広がっていることもあり、「私でもピラティスできるんですね」と、前向きに受け取ってくださる患者さんが増えたように感じます。
身体への意識が高まること、そして「自分もできている」という感覚を持てること。こうした心理的な変化もまた、能動的な身体の使い方を育てるうえで、見過ごせない要素だと感じています。
原理原則を理解すれば、どんな人にも応用できる
ピラティスは、原理原則を理解すれば、どんな人にも応用が可能です。
基礎疾患のある方、痛みの強い方でも、その人に合わせた形で提供できます。
ここで、医学的知識や疾患理解を持つ理学療法士の強みが生きてきます。徒手療法と組み合わせることで、相乗効果を生むこともできます。
また、ピラティスは大きなマシンが必要と思われがちですが、マット上でも十分に実践可能です。ボールやストレッチポール、リングといったプロップスを用いることで、代用も効きます。
働き方に幅を持たせることができる
理学療法士としての専門性に、ピラティスという“指導の技術”が加わることで、働き方の選択肢は確実に広がっていると感じています。
病院やクリニックだけでなく、自費リハビリ、スタジオ、地域の教室、オンライン。同じ「体をみる仕事」でも、関わり方も、時間の使い方も、単価も変えられる。
そしてもう一つ大きかったのは、自分自身を守りながら、長く続けられる道が見えたことです。
本場アメリカで、ピラティスの発展に関わってきた先生方は、90歳を超えても、背筋が伸び、動きがしなやかで、年齢を重ねてもなお、軽やかに指導を続けています。
体を酷使しながら消耗していく働き方ではなく、自分の体を整えながら、人に伝えていく。そんなキャリアも選べるのだと知ったことは、私にとって大きな希望です。
まとめ
理学療法士がピラティスを学ぶことは、単なるスキル追加ではなく、臨床の質そのものを高める選択肢だと感じています。
資格取得には時間も費用もかかりますが、患者さんの反応や、自身の身体理解、そして働き方の広がりを考えると、その価値は十分にあります。


